関連講演録

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生体微量元素の役割について (最終回)
順天堂大学助教授・千葉百子氏講演より
体内での微量元素の動き
 人間が食べ物などで体内にアルミニウムを摂取すると、アルミニウムは消化管を通って一部吸収され、それを素通りしたものは便として排出される。職業的に有害物質を扱う人は、職種によって半年から1年に一度、特殊健康診断を行うが、有害物質の吸収を診断するには便ではなく尿を調べる。便と違い、尿の中には体内に一度吸収された物質が入ってくるからである【図6】。
 私たちは無菌状態の中で生活しているのではないので、実際は雑菌をたくさん食べて生活している。しかし、たとえばコレラ菌を少しぐらい食べてもコレラにかかることはない。これは、健康な胃を持っている人は、胃の中で胃酸が分泌してコレラ菌など大部分の菌をやっつけて、菌が死んでしまうからだ。同様に、小腸の中には非病原性の大腸菌がたくさん存在して、これが菌をやっつける。専門家の間では、コレラ菌は一億個食べると発症するが、それ以下なら発症しないと言われている。また、よく知られているO-157は特殊で、1,000個食べただけで発症すると言われている。
 腸の中では、微量元素はどのように摂取されるのだろうか。食べ物の中のいろいろな元素は、おもに腸管から吸収される。脂肪はおもにリンパに行き、タンパク質や糖は門脈に行く。門脈とは、小腸に分布している毛細血管が集まる血管で、これが肝臓につながっている。肝臓では、体内に必要なものとそうでないものを区別し、不要なものは胆汁となって便の中に捨てられる。一方、尿とともに排出される分は、いったん肝臓の中で水酸基と結びつき水溶性になってから、排出される。

【図6】作業者の有機溶剤の吸収と排泄(Ogata,1987)
作業者の有機溶剤の吸収と排泄(Ogata,1987)

吸収に影響を与える共存物質
 ではアルミニウムがどのように吸収されるかについては、残念ながらこれがよくわかっていない。その理由としては、共存物質の影響によって、吸収のされ方が変わってしまうことが挙げられる。
 地中海沿岸で見られる小人症という病気があるが、これが亜鉛欠乏と関係があることは長い間わからなかった。この地方の主食は小麦で、小麦には亜鉛が含まれているので、よもや亜鉛欠乏とは誰も思わなかったのだ。ところが、小麦に多く含まれるフィチンという物質にはキレート作用(金属イオンを封鎖して化合物を作るはたらき)がある。このフィチンと結びついた亜鉛は、吸収されずに体内を素通りしてしまう。その結果、亜鉛欠乏が起こってしまう。
 このように、微量元素の吸収のされ方は、生体内外の共存物質の影響によって大きく変わるのである。

正確な化学種分析は容易でない
 病院の神経内科から「アルツハイマー病の患者さんの髄液を取ったから、その中のアルミニウムを分析してください」と私のところに依頼が来ることがある。どういう状態で取ったかを聞くと、たいていはガラスの試験管に取っている。この方法では、ガラスに付いているアルミニウムのコンタミネーション(汚染)の影響があるので、正確には分析できない。そこで最近では、こちらから捕集用のチューブを渡して、同じ患者さんの血清と髄液をこの中に入れてもらうことにしている。
 さまざまな物質の許容摂取量については、WHOとFAOがこの表【表4】のような数値を発表しており、アルミニウムは1週間に体重1キログラムあたり7ミリグラムが許容摂取量となっている。標準人間の70キログラムの人だと490ミリグラムとなる。これまで見てきたように、アルミニウムの化学種分析は難しいので、許容摂取量についてはこのように1週間のトータル値で論じてもよい、という気がする。

【表4】FAO/WHOによる暫定的1週間許容摂取量(/kg/週)
FAO/WHOによる暫定的1週間許容摂取量(/kg/週)

元素の相互作用から生まれる別作用
 生体内では、元素は単独で存在するのではなく、いろいろなものとインテラクション、つまり相互作用をする。
 よく知られているのがセレンの相互作用だ。水俣病の研究で、セレン原因説というのがあった。患者さんの毛髪や臓器、血液を分析するとセレンの値が高かったのだ。ある学者が、水銀の毒性を緩和するために、セレンが水銀のあるところに集まっていくのは自然の摂理ではないかという仮説を立て、これをみごとに証明した。水銀とセレンは1対1のモル比でつねに共存している。だから水銀単独、セレン単独で両方をマウスに注射すると死んでしまうのに、いっしょに注射すると死なない。これは水銀の毒性をセレンが緩和する作用があるためで、このことはよく知られている。
 この水銀のようなケースは他にもある。シスプラチンという抗がん剤は、プラチナを含んだ化学療法剤であり、毒性が高い。この毒性はプラチナによるものだといわれているが、同時にセレンを投与すると抗がん効果は下がらず、毒性だけを下げる効果があることが、動物実験で証明されている。もしセレン製剤が日本で開発されれば、このシスプラチンが使われる場合も多くなるかもしれない。
 このように、微量元素は人体内でさまざまな挙動を見せる。アルツハイマー病と微量元素の関係については、これまで見てきたような共存物質や個体差といった各条件が絡んでくるので、現段階では、まったくの白だとか、黒だとかという結論を出すことは難しいといえるだろう。(完)

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