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アルツハイマー病研究の最新動向について (第1回)
国立精神・神経センター 神経研究所 疾病研究第6部部長・田平 武氏講演より
呆けとは
 呆けとは何かというお話を最初にします。これは書類や人の名前が思い出せなかったりというとアルツっちゃったとよくいいますが,つまりアルツハイマー病になったんではないかと皆さん言われますが,それは違います。人の知能というものは生まれた時にはほとんどゼロで生まれるわけです。それが赤ん坊が言葉を覚えたり,モノを使う,箸を使えるようになったりして成長して行きます。つまりこういう知的な能力が獲得されていくわけですが,一旦獲得された知的能力(知能)が落ちていく,その結果日常生活に支障をきたすというのが呆けと云うわけです。  その呆けの症状というのはいろいろありますが,最も中核的なところにあるのが記憶の障害で,その他言葉とか認識する力,計算する力とかいろんな統合力,こういうのが全体的に落ちていくわけです。呆けという診断をするためには,今いいましたように獲得したものが落ちるということですから,元々獲得していない状態のものは呆けといいません。ですから精神薄弱という生まれながらにあまり発達しない場合,こういうのは痴呆とはいいません。  もうひとつ大事なことは,意識がはっきりしているということです。ある種の薬を飲んで,例えば精神安定剤とかお酒に酔っ払ったときは意識が正常ではありません。そういう状態ではなく,普通の状態,何も薬を飲んでいない状態でしっかり意識が覚醒している,意識障害がない,それでいていったん獲得された能力が落ちているということです。  ところがこの能力自体は誰でも生理的に年齢とともに落ちて行きます。たとえば数学者の能力,物理学者の能力というのは大体20才くらいでピークでその後は激しく落ちていきます。ところが言語の能力,つまり物事や言葉を理解したりあるいは総合的にとらえたり判断したりといった言葉の能力というのは実は年齢とともに伸びていきます。ですから政治家はこういう集積された知的能力をうまく利用できるから年を取ってもなかなか呆けない…。全体的にこの能力というのは年齢に応じて落ちていきます。例えば70才の人の平均はこのくらい,80才のひとはこのくらい,100才のひとはこのくらい,というふうになっているわけですけれども,それより超えて落ちている場合を病的な症状と云います。生理的なレベルで落ちている状態というのは,病気とはいえないわけです。例えば“Kさん,Gさん”を例にみますと,あの人たちは104才くらいになると思いますが,われわれが使っている痴呆の診断テストしますと,10点以下だそうです。これは,あの長谷川式診断テストをよく使うんですが,30点満点で,“今日は何日ですか,何曜日ですか,ここはどこですか,あなたはどちらにいきましたか”,そういう問題がでてきます。30点満点で,20点以上がまあだいたい正常なのですが,あのお二人は10点以下。そうすると明らかにこの痴呆と呼べる状態にあるんですが,100才にしては相当優れている。ですからあの人たちは正常であって,病気とはいわないのです。

呆けの原因
 このようにして病的な呆けがあるということが分かりますと,この種類は何なのか,原因は何なのか,ということを次に考えます。この呆けの原因というのは複数あります。一番多いのは日本では脳血管性の痴呆。これはどういうことかといいますと,我々の脳というのは血液の支配をうけているわけです。血管が心臓からきまして,一定の領域を支配しているわけですが,その一本の枝が詰まりますとその先に血液が行かなくなるので組織が死んでしまう。そうすると例えば言葉の中枢がやられて言葉が出ない,認識の中枢がやられる,記憶の中枢がやられる,あちこちで血管が止まっていきますとそれぞれの症状が出てくる。こういうのを多発脳梗塞性痴呆と言います。血管がつまって症状が出るものですから,症状が突然に出るわけです。先週まで何ともなかったのに急にくる。それがどんどん階段状に悪くなるのが血管性痴呆で,日本では60%くらい。その次に多いのはアルツハイマー病,今日のテーマなのですが,これは全体的におこり,その起こり方はいつとはなしに始まりじわあっと進行する。合わせると90%の原因がこの2つで,残りの10%がいろんな原因から起こります。脳血管性の場合ある機能はカバーされているんですがある機能はやられる,ということでまだら痴呆といいます。いまこの脳血管性痴呆のほうはどんどん減りつつあります。最近ではもう40%から50%に逆転しまして,アルツハイマー病のほうが逆に50%,ということで,こちらの方が多くなっています。欧米ではアルツハイマー病がもう70%くらいで,脳血管が30%,ということでほとんどがアルツハイマー病なのです。

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