■遺伝子異常からのアプローチ |
アルツハイマー病の原因を解明していくにあたって何か手がかりはないか,ということで調べますと,最も大きな手がかりは遺伝因子があるということです(図7)。なぜそういうことが言われるかというと,例えばアルツハイマー病の家族集積性という言葉がございます。これはあとでご説明します。双子の研究がありまして,一卵性双生児が生まれ,片方がアルツハイマー病になるともう片方がアルツハイマー病になる頻度が非常に高くなります。50%ぐらい。一般の人口でも50〜60才以上になりますと高くなりますが,少なくとも50%になることはないんですね。そうするとやはり遺伝子がからんでいるということになります。
それから,ダウン症という子供の病気があります。これはどういう病気かというと,21番の染色体がトリソミーになっている。通常,染色体というのはワンペアですから1対2本しかない,ところがダウン症は父親あるいは母親由来の染色体が片方から2本くるものですから,全部で3本になってしまう,そういう病気があります。そうすると精神の発達が悪くて精神薄弱に近い子どもが生まれるわけです。それでも近くの店に買い物にいったりとか,あるいは養護学校に通ったり,そのぐらいまでは知能は上がってくる。ところがこのダウン症は30才過ぎるとどんどん知能が落ちてくる。そして40才ぐらいになりますとそれまで買い物に行ってたものが全く出来なくなってしまう。そしてそういう状態で亡くなった方の脳をみると脳にアルツハイマー病の変化がいっぱいある,いうことです。50才になるともうほぼ全例アルツハイマー病の変化がでるということが分かっています。
どうして21番目の染色体が三本になるとアルツハイマー病の変化が早く起こるのかといいますと,先程いいました老人斑に溜るアミロイドをつくる遺伝子が実は21番目の染色体にのっているのです。その遺伝子の発現が非常に増えていて,他人よりも1.5倍増えている。その結果,他人よりも早くアルツハイマーになってしまうということで,アルツハイマー病の発症に遺伝子が関わっているという根拠の一つになっています。何よりもすごい証拠に家族性のアルツハイマー病というのがあります。これは,お祖父さんが呆ける,父親あるいは母親が呆ける,次には自分の将来が,こういうふうに代々に呆けが現れるのです。お祖父さんも呆けて,叔母さんも呆けてと,そういうふうに男も女も確率2分の1で呆ける,そういう家系があるわけです。発現年齢が大体50才くらいで非常に早くから呆けの症状がでます。この遺伝子を捕まえてやればその原因解明に早く辿り着ける,ということで人々はまずこれに飛びついたわけです。
家族集積性の話を次に説明します。これはどういうことかといいますと,横軸に年齢がとってあります。縦軸が集積危険率です。これはどういう調査をするかといいますと,外来でアルツハイマー病の患者さんが来ます。それで,あなたのご家族の中に,呆けた人はありませんでしたか,アルツハイマー病といわれた人はいませんでしたか,と聞くわけです。こうしてアルツハイマー病になった人の頻度をとっていくわけです。そうすると一般の人達は,65才を過ぎるとアルツハイマー病になる人がだんだん増えていきます。ところがそのアルツハイマー病の患者の両親をみるとこんなに早くからしかもこんなにたくさんあります。親にその病気が出ている確率というのは一般の人の確率よりもはるかに高いのです。それから同胞つまり兄弟も非常に高い。これは遺伝子がからんでる可能性を示唆しているわけで,こういうことを家族集積性といって,はっきりした遺伝歴がなくともやはり親がぼけている確率は非常に高いということが言われてます。
これは,山形県であった家系なのですが(図8),みてみますとこの塗りつぶしてあるのが患者さんで,□が男性,○が女性です,亡くなった方は消してあります。そうするとこの代でみてみますと実に7人中4人が呆けている。その次の代になると,この患者さんから生まれた3人中2人が,次の代になると6人中3人,大体平均しますと2分の1の確率です。男も女も全ての代に現れる,このように確率が2分の1であるというのを,常染色体性優性遺伝といいます。家族性アルツハイマー病の遺伝子はこの様に優性遺伝をします。発病年齢は,38才,35〜36才,これは28才,30才,38才,33才,35才,と非常に若くこんな年齢でもアルツハイマー病というのは起こってきます。この家系では遺伝子が原因でして,プレセリニン-1という遺伝子の突然変異であることが証明されています。そうすると,そういう遺伝子の変異があるとなぜこんなことが起こるのかということが今,細胞を使ったり,あるいはマウスにこういう遺伝子を発現させて調べられています。最近ではマウスにアルツハイマー病に近い状態をつくることが出来まして,発病機序を解明したり予防治療を開発したりという研究が進んでおります。
|
|
 |


|
図7 |
アルツハイマー病と遺伝因子
|

|
図8 |
家族性アルツハイマー病
|
|