関連講演録

Index第1回第2回 | 第3回 | 第4回第5回第6回第7回最終回


アルツハイマー病研究の最新動向について (第3回)
国立精神・神経センター 神経研究所 疾病研究第6部部長・田平 武氏講演より
アルツハイマー病の特徴
 アルツハイマー病の特徴は三つあります(図3)。その一つは老人斑というものです。その老人斑にはβタンパクと呼ばれる物質からなるアミロイドという異常な線維が溜っているということがひとつ。それから二番目は,神経原線維変化,これはアルツハイマー博士ご自身が報告しているという変化なのですが,そういうものが神経の細胞の中に存在するということです。それから細胞死です。年をとりますと神経細胞というのは老化して死んでいきます。従って百才になるとかなり機能が落ちるのですが,それを超えて,つまり普通の人の細胞死の数を超えて神経細胞が死ぬ。普通の人で大体一日十万個ぐらい言われているので,それをはるかに超えて神経細胞が死んでいくということです。老人斑と神経原線維変化のどちらが神経細胞の死の原因なのかは分かりません。あるいは,両方とも関係ないかも知れません。
 この三つがなぜ起こるか,ということを研究していけば,そこに原因解明のヒントがあって治療法や予防の開発が将来可能になるだろう,ということで世界中の学者はこの三つを研究しているというのが現状です。
図3 アルツハイマー病の三大特徴
図3  アルツハイマー病の三大特徴

老人斑
 今いいました老人斑というのはこちらです(図4左)。これはアルツハイマー病の脳をホルマリンで固定して,パラフィンというロウの中に入れて薄く切って染色したものです。神経細胞1個がこのくらいですからそれより十倍くらい大きい,こういう老人斑というものがあって,その中にアミロイドというものがたまっている。このアミロイドというのは,糖がくっついた異常な線維からなりここに沈着してできるわけです。それは,特に真ん中に非常に強く溜っていて,その周辺にも溜っている。その周りには神経の突起がいっぱい走っているのですが,その結果,その突起が変性してしまう。これが細胞外の出来事です。
図4 老人斑(左)と神経原線維変化(右)
図4  老人斑(左)と神経原線維変化(右)

神経原線維変化
 これに対して神経原線維変化というのがこちらです(図4右)。比較的正常に近い神経細胞は,こういう格好をしているわけです。核がありまして細胞質がある。この核が周辺に追いやられて異常な物質がここに溜っています。ここにもこれだけ異常な線維として溜っている。こういうのを神経原線維変化というのですが,なぜこういうものが出来るのか,その原因がだいぶ分かってきています。

神経細胞死
 そして何よりもアルツハイマー病では神経細胞がこれだけ減っているということです(図5)。どこの細胞かというと大脳の非常に奥の深い所にあるアセチルコリンという伝達物質をつくる大事な大事な細胞なのです。このアセチルコリンというのは記憶の形成に非常に重要で,その細胞がこんなに減ってしまっています。つまり,アルツハイマー病ではとにかく神経細胞が消えていくということなのです。そして,ここには先程いった老人斑とか神経原線維変化というのは必ずしも見つからない。ということは,あの二つの現象も重要だけれども他に独立して神経細胞が死んでいく機構があるのかも知れないということになります。
 それから,ここにひとつの大きな神経細胞がありますが,この神経細胞が機能するためにはネットワークというのを作るわけです。一つの神経細胞の突起が次の神経細胞に情報を送る,その細胞がまた次の細胞に情報を送る,こういうネットワークによって我々の機能というのは成り立っています。記憶にしても言語にしても,認知にしても同様です。このネットワークの最も重要なポイントつまり接点は,ここにある,ぽちぽちぽちと黒くなっている“シナプス”というものです(図6)。“シナプス”というのは,神経細胞と神経細胞の接点を形成している構造物と考えています。この“シナプス”がアルツハイマー病の患者では非常に早くからどんどんちぎれていく,壊れていくことがわかっていて神経細胞が死ぬ段階はすでに遅い,もっと早い段階で症状がでているのは実はこのシナプスが壊れていく機序があるからだ,ということが最近主張されていまして,このシナプスがなぜ壊れていくかということも研究の対象になっています。
アルツハイマー病の脳細胞(上)ではアセチルコリン産生細胞が減っている。(Peter Whitehouse博士提供)
図5  アルツハイマー病の脳細胞(上)ではアセチルコリン産生細胞が減っている。
(Peter Whitehouse博士提供))


図6 老人斑(左)と神経原線維変化(右)
図6  神経細胞のネットワークの要は,シナプス(神経細胞の接点)で,アルツハイマー病ではこれが真先に破壊されていく



| Page Top | Next |